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新宿区ダンボール絵画研究会

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[Cardboard-Paintings-Meeting :246] 9.10(土) ナディッフトーク・深瀬原稿
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    On 2005年 9月 9日 , at 6:04 PM, Take Junichiro wrote:

    本日解説と司会を努めます、深瀬鋭一郎と申します。展覧会やイベントを作る人をキュレーターといいますが、私は芸術支援団体の代表でキュレーターです。
    ギャラリー、美術館、アーチストスペース、国際コンテンポラリーアートフェスティバル、国際交流基金、ピカソ財団などで、合計60数件の展覧会やイベントを企画しています。いわば、作家や学者がスターとすれば、キュレーターは興行師です。(黒衣なので、本日は黒ずくめの洋服できてみました。)

    現在は、新宿西口地下街に10年前から7年前まで存在したダンボールハウス絵画を研究するための「新宿区ダンボール絵画研究会」というのを、作家の武盾一郎さんと一緒に主宰しております。参加者は現時点で30〜40人ぐらいで、本日のメインスピーカー社会学者の毛利嘉孝さんや、ナディッフ兼森美術館の高橋さんにもご参加いただいております。この展示、ブックフェア、トークショーは研究会活動の一部でして、他にもいろいろな場所で10数件の展覧会、イベント、シンポジウムを開催しておりますので、是非チラシやハガキを持っていってください。

    さて本題に入りますが、この中で、新宿西口地下街でダンボールハウス絵画を実際に見たことがある方、手を挙げていただけますか?意外と少ないですね。もう10年前ですからね。あの出来事を忘れない内に研究しようというのが、今回の研究会、トークショーの趣旨でもあります。

    1980年代後半には「バブル経済」といって、土地や株、美術品が一時的にどんどん値上がり、異様な好景気となった時期がありました。逆に1990年代に入ると、風船が破裂するようにそれが破裂して、土地や株、美術品が暴落し、大変な不況になりました。特に1994年の不況が深刻で、会社の倒産が相次ぎ、建設工事が激減しました。その結果、日雇い労働者が仕事にあぶれ、家賃を払うことができなくなった失業者が路上に溢れました。新宿西口の地下広場や地下道は雨風を凌げる場所として好都合だったので、2〜300人のホームレス、路上生活者が流入しま
    した。

    新宿は日本最大の商業地のひとつですから、毎日大量のダンボールの空箱が捨てられます。路上生活者達は、空箱を拾ってダンボールハウスを作っていきました。丸さんというダンボールハウス建設の専門家もいました。ダンボールで囲い込むといった単純なものだけでなく、窓や引き戸といった造作も手の込んだ家も作られました。今でこそ、公園や川べりにある工事用の青いビニールシートのテントが中心ですが、新宿では地下道のダンボールハウスが主体でした。

    1995年8月13日にダンボールハウスに壁画を描く人が現れました。当時、美大受検の予備校で一緒だった武盾一郎さんと吉崎妙子さんが描き始めました。二人は最初からダンボールハウスに描こうとしていた訳ではありません。彼らは最初、新宿「思い出横丁」(またの名を「しょんべん横丁」)のガード下にゲリラ的に壁画を描こうとして新宿に出かけたのでしたが、いざガード下に行ってみると、どうしても描く気にならず、ふらふらしているうちに流れ着いたところが、地下のダンボール村でした。今月末まで新宿マイシティ地下1階のビアカフェ・ベルクで開催している迫川さんのダンボール村写真展のDMに「新宿のトラさん」の写真が使われています。武君たちから「描かせてくれ」と頼まれて、自分のダンボールハウスに最初に壁画を描かせてくれたのが、新宿のトラさんだったのです。

    このように始まったダンボールハウス絵画ですが、1995年から96年にかけて、新宿地下街に流入するホームレスが激増したので、ダンボールハウスがどんどん増えました。絵描きの側も、山根康弘君や、ナディッフで個展をやったこともある鷹野依登久君も途中で一時期参加し、どんどん描きつづけました。そのうち地下街(特に中央広場やA通路、京王新鮮通路)がダンボールハウス絵画で埋め尽くされるほどになりました。その村は1998年2月14日の「自主退去」まで存在しました。最初から最後まで描いていたのは武盾一郎君と吉崎妙子さんでした。

    ダンボール村で描いていた作家のうち、武盾一郎君と鷹野依登久君は、新宿ダンボール村の消失に伴い、神戸の班震災跡地のしんげんちに移って制作活動を行いました。また、東京大学駒場寮でも制作活動を行いました。今回展開している「空白のユートピア」に関する展覧会、イベントのシリーズは、ダンボール村やしんげんち、東京大学駒場寮といった1990年代の芸術自治区で活動を続けた、武盾一郎君のような作家達の活動をアーカイブ化して研究するもので、本年2月迄はしんげんちを取り扱い、3月からはダンボール村、次は来年・再来年に向けて、東京大学駒場寮で行われた芸術活動に主題を移していく予定としております。

    本日は、このダンボール壁画について、美術史や比較芸術的な見地から、気鋭の社会学者 毛利嘉孝氏に論じていただき、その後それを実際に描いていた武盾一郎氏も交えたトークを行いたいと思います。では、毛利さん、宜しくお願いいたします。


    以上。
    | MLポスティング | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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