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新宿区ダンボール絵画研究会

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[Cardboard-Paintings-Meeting :237] 9.3 編集会議の議論を経た深瀬原稿修正版
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    On 2005年 9月 4日 , at 4:42 PM, Eiichiro Fukase wrote:

    ダンボールに描く夢
    ── 「空白のユートピア」としての芸術自治区をめぐる断章


    深瀬鋭一郎

    非日常的な日常として

    1998年2月14日までの数年間、新宿西口地下街へ赴くと、そこにはホームレスの村があった。地下の空間に立ち現れた絵画群は夢幻のようであった。「夢のような」という形容に相応しいマチエールと主題、ダンボールハウスに描かれた壁画のモチーフの多くは、生きることの苦しみや畏れを表現していた。それらは、居住者たちの非日常的な日常──いわば「夢」──の現れであるかのように見えた。「夢」は常に薔薇色という訳ではない。実際に、人間が幼少時にみる夢の多くは悪夢である。例えば、いくら呼んでも誰もいない、化け物に追いかけられる、穴に落ちるなどの夢である。のたれ死んでいった者達や、新宿西口に棲む精霊達が、武盾一郎らの肉体を通じて、オートマチズム的に成立させた絵画のようにも見える。実際に作家は以前「どうして描くのか?」と質問されると、いつも「そこに精霊が住んでいるから。」と答えていた。

    不法占拠とユートピア

    「夢」にはもうひとつの意味がある。ユートピア(理想郷)としての「自治区」に対する夢である。武盾一郎、山根康弘らは、ダンボール村のような、何らかの理由から公権力が直接及びにくくなった「自治区」を渡り歩いて、制作活動を続けた作家達(注)である。自治区は、旧東京大学駒場寮の様に、学生自治と寮取り壊し反対運動の中に生まれるかもしれない。バブル経済の崩壊によって激増したホームレスが創り上げたダンボール村や、阪神大震災の被災者による下中島公園テント村(「しんげんち」)の様に、社会問題を背景とした公共スペースの不法占拠に対する、地域社会や行政の黙認によって生じるかもしれない。権力の空白は、住民にあたかもそこがユートピアであるかのような錯覚をもたらし、自由がしばし芸術を花開かせる。

    芸術自治区の発生と消滅

    ダンボール村は、こうした一種の「芸術自治区」として典型的な形で成立し、国際的にみても特筆すべき独創的な芸術を残したと言えるだろう。1990年代、世界では、冷戦終了後の緊張緩和等を背景として、旧東ベルリンのミッテ地区、ロンドンのイーストエンド地区、東京大学駒場寮やダンボール村、しんげんちといった芸術自治区が成立し、その有名・無名にかかわらず、独創的な芸術的成果を残していった。もっとも、1997年以降、日本の金融危機を皮切りに、ロシア危機、ヘッジファンド危機、アジア通貨危機、ITバブル崩壊など、世界は度重なる経済危機に見舞われ、2001.9.11以降は更にイスラム原理主義テロの頻発もあって、管理社会化が推し進められていった。かかる社会情勢の下で、それまで政治的に放置されてきた自治区は、都市再開発や再整備の波に洗われ、次第に姿を消していった。

    独創的芸術を懐胎する条件

    自治区──すなわち、権力に空白地帯におけるユートピア的状況──の発生と希薄化、消滅の過程は、独創的芸術を懐胎する社会的・文化的状況について諸相を考察する上で示唆に富んでいる。すなわち、その始まりにおいて、芸術家はコミュニティ外部から流入し、当該コミュニティによって直接または間接的に庇護されなければならない。そこには自治区外の芸術慣行ないし社会制度に対するアンチズムがなければならない。コミュニティは極めて多様な形で成立し、王侯・市民富裕層が主宰・承認する場合もあれば、原始共産社会のような形態として成立することもある。最終的には、公権力が自治区に対して全体への統合を強制する。その過程で自治区は内部崩壊し、権力に恭順した住民自身の手で統制が行われ、自由と芸術が圧殺されることもある。

    永遠の理想に向かう夢

    ダンボール村をはじめ、東京大学駒場寮やしんげんちにおける武盾一郎らの活動は、このような迫り来る圧殺へのレジスタンスでもあったという。その活動を支えたのは、精神と人格の絶対的自由、そして人間と精霊が共生し得る本物の楽園への夢である。結果として、そこには惨憺たる未来が待ち受けているのだとしても、敢えて永遠の理想に向かい続ける夢である。


    (注) 1990年代「芸術自治区」への参加作家
    ・新宿西口地下街ダンボール村:武盾一郎、吉崎妙子、山根康弘、鷹野依登久ほか
    ・下中島公園テント村「しんげんち」:武盾一郎、鷹野依登久、和田綾子、斉藤洋子
    ・東京大学駒場寮:武盾一郎、山根康弘、鷹野依登久、和田綾子ほか多数


    | MLポスティング | 11:39 | comments(1) | trackbacks(1) | - | - |
    はじめまして。HP「東京ホームレス」の村上知奈美です。
    先日、映画「あしがらさん」の監督・飯田さんのご紹介で、新宿のベルクにて迫川さんにお会いさせていただきました。

    このたび、「歯みがきプロジェクト」というプロジェクトを立ち上げましたので、この場をお借りしてお知らせさせていただきます。
    ぜひHPをご覧になってくださると、うれしいです。
    (トラックバックさせていただきます。)
    よろしくお願いいたします。
    | 村上知奈美 | 2005/09/07 1:05 AM |










    http://kenkyukai.cardboard-house-painting.jp/trackback/322518
    東京ホームレス「歯みがきプロジェクト」
               お待たせしました! いよいよ、プロジェクトの内容を ちゃんと発表できる日を迎えました。 その名も、? 東京ホームレス 「歯みがきプロジェクト」 !!?です。 (歯ブラシを買っていただき、その購入
    | ☆ブログ版☆ 「東京ホームレス」 村上知奈美 | 2005/09/07 1:06 AM |